2023 桃山学院中学校
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04チャールズ・F・ワレン師大阪聖三一教会(三一小学校)高校服装自由化現在G.W.ローリングス1920年桃山中学校校長に就任。スポーツに力を入れたため、桃山中学校は、サッカーや野球が盛んで、特に相撲部が強かった。教科書なしの「英会話」の授業を実施した。大阪聖アンデレ教会(1927年)ローリングス校長の提案で命名1900年代1991年 高校文化祭(フォークダンス)大阪高等英学校が桃山(現・天王寺区筆ヶ崎町)へ移転1895年に校名を「桃山学院」に改称復興校舎起工式戦災により失った校舎を再建新制桃山高等学校設置、生徒自治会結成1997年 校舎全景1991年 正門1910年頃の生徒の絵日記2001年初の女子生徒入学桃山学院中学校高等学校ミッションステートメント東成郡田辺村(現在の昭和町)へ移転授業自治会選挙体育祭2008年 桃山学院中学校開校旧チャペル旧M館外観2010年 校舎全景桃山中高ミッションステートメント学院章イエス・キリストの最初の弟子である聖アンデレ(St. Andrew)にちなんでデザインされています。「アンデレ・クロス」(X字型の十字架)は、イエスの教えを守り通して殉教したアンデレの偉大なる生涯のシンボルです。「SEQUIMINI ME(セクイミニ メ)」(「我に従え」というラテン語)は、アンデレがイエスに出会った時に呼びかけられた言葉です。したがって学院章は、アンデレのように最後まで「自由と愛」のキリスト教精神によって生きることを示しているのです。桃山学院について桃山学院の始まりは、1884(明治17)年、キリスト教信仰に基づく近代的な教育を理想に掲げたワレン師ら英国人宣教師達によって、川口外国人居留地(現・大阪市西区川口)に創設された学校にあります。当時の居留地は、世界各国の人々が活躍する国際色豊かな町でした。授業は宣教師による英語と聖書の勉強のほかに、日本人教師による教育も行われました。「英語の桃山」という伝統もこの時代に遡ります。「桃山」の由来について1891年、現在の天王寺区筆ヶ崎町に移転し、1895年には「桃山学院」と改称。当時、その界隈が桃の名所として親しまれており、「桃山」と呼ばれていたことによる。18841920197118911948191220082000年代1950年代1960年代桃山学院の歩み

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